考証 六 毛とケモノ偏

街の書展で見かける写経作品や著名な書家の写経手本では、そのほとんどが「」を採用されている。古典が尊重されるからであろうが、『三三菩提』と書かれている場合は、漢字辞典をどうひっくりかえしてみても邪経としか読めない。
 「」が採用される場合、ツクリの部分「艮」は信仰上の別問題としても「ケモノ」偏では何のことか疑念が去らない。ここで、
資料I図三、肅道成願経断片AD477年の「」の拡大写真を見てみよう。





(資料I)図三
毎日書道展講演会
「楷書の生態」 藤枝 晃氏
一九九四年八月七日、於都ホテル講演資料ヨリ

講演内容と考証六とは無関係

それは『』となっているが「ケモノ」偏ではない。一画多い。そして図五、「拝」の透光拡大写真でもわかるように この時代は楷書の出現前で初期六朝写経の名残りがあり、始筆に打ち込みがなく、すっと横に引かれて終筆に溜がある独特な書き方で、偏の三画目は左から右へ引かれている。四画目について左に払う掠(永字八方)の書き方にみえるが、打ち込みの始筆が二画目をつき抜けている点がケモノ偏ではありえない。単に墨の滲みであろうか。
 資料は妙法蓮華経観世音菩薩普門品第二十五で、鳩摩羅什訳本に最も近い紀年のはっきりした願経断片である。この字は漢字辞典にないが、キンポウゲ『毛莨』から作字されたとおもわれる謎を含む貴重な資料である。逆にそれがケモノ偏であるとするなら、なぜ混乱するような書き方がされたのであろう。願経断片より300年も前、漢代、はるか遠く西域で書かれた兵士の日常の記録でさえ、書家も最敬礼する木簡が多数出土し、中に姿のよいケモノ偏の字(
資料J)が見られる。本来なら書き誤る筈がない。



資料J 敦煌 居延出土木簡
毎日新聞社 (財)毎日書道会
私は経典の書写に『艮』を用いようとするなら鳩摩羅什訳の『』にならい、ケモノ偏にもう一画啄を引いて角をかくし、『』手を添えるかたちで気持ちは合掌礼拝の悟りとしたいと思う。
 ここで、それなら何故ケモノ偏の「 」となったのかという疑問が残るが、それはわからない。偶然かもしれないし、政治的にも思想的にも揺れた時代であり、正典は秘蔵され易い。そこに悪意の入り込むスキが生れ る。それが誰かを読みとるのは容易ではない。ただ、現代に至ってもそれをそのまま連綿とかたくなに書き続 けることはないであろう。
 
斎戒沐浴端坐して邪経と書く勿れ、書友の為に。
 


2004.3.16

T.Tarumi


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