回答その5 『よみがえる最後の晩餐』片桐頼継著
『ペテロ』
晩餐図のペテロは、ユダの背中越しにヨハネの方に身を乗り出して耳打ちをしている。
彼は裏切り者が誰かわかったなら殺してやるとばかりに怒り、右手にはナイフを握る。洗浄後の右手部分は剥落がひどく、腕の輪郭や衣のひだなど、細部についてはよくわからない状態で、判読できるかぎりの輪郭などは描き起こせるが、量感や陰影の様子を復元するのは困難である。
幸いウィンザー城王室図書館には、レオナルド直筆の黒チョークによる右腕の習作素描が収蔵されているので、復元に際してはこれを参考にした。この習作素描はさすがレオナルドというべき見事なものである。肩から手首にかけての部位の構造やポーズがしっかりと決められ、その上で腕を包む衣のひだの形状が写実的に描かれている。肩・肘・手首にひだが寄り集まっている様子などは、関節が曲げられている状態をよく示している。−−略--素描は縦16.4cm、横15.3cmの小さな紙に描かれており、レオナルドはこれを拡大して壁画に描き込んだのだろう。腕の輪郭や衣の形状などに微妙なずれが見られ、それに色も異なる。素描を壁に写した際にある程度のかたちの変更が生じたものと思われる。−−略--「元画」に陰影をほどこして、ペテロの右腕が復元された。(--略--は、CG復元の技術的説明)
右腕以外の部分についてはまったく推測によるしかなかった。そして当然のことながらさまざまな疑問が生じた。たとえばナイフとそれを握る右手である。晩餐図を見ると腕と手とナイフの関係が曖昧かつ不自然で、とてもこのような腕の角度でナイフを握ることは出来ないと思われる。ナイフを握った手は腰のあたりにあるらしいが、それにしては妙に手がねじれているのである。ナイフを持っていることを、鑑賞者に見える角度で表現しようとしたところに無理が生じたのだろうか。レオナルドでもこうしたデッサン上の間違いを起こすのだろうか。おそらく後世の修復家たちがこの手に筆を入れていくうちに、徐々に形態が歪んでしまったのだろう。すでに述べたようにこの部分の絵の具は大部分が剥落しており、オリジナルの状態を確認することは出来ない。また残念ながら素描は手首までしか描かれておらず、手については簡単な線で暗示してあるだけで、ナイフとなるとまったく描かれていない。そこで私たちは実際にナイフを手に握ってそうしたポーズを取ってみた。だがどうやっても無理な姿勢になってしまう。レオナルドはこの問題を実際にはどう解決したのか。模写画もいくつか観察してみたが、やはりどれも不自然である。模写した画家たちにとっても疑問だったに違いない。今後の検討課題が残された。
発行・2000年2月25日
NHK出版・定価1900円
さすが、NHK出版本、国を代表するメディアの回答である。
レオナルドは生前4000枚に及ぶ素描、デッサン画を残しているのに、いまだ技量不足を問われている。しかし、鑑賞者に見えないように描くのは難しいが、見えるように描くことはさして困難なことでも無理な注文でもない、又、後世の画家達も安く見積もられたものだ。イタリアを旅して思ったことはレオナルドに勝るとも劣らない芸術家達の作品が町中至るところに宝石のようにちりばめられ、心底まぶしかった。
第二次世界大戦直後、修復に携わったマウロ・ぺリチオーリはそんな頼りない画家であったのかお尋ねしたい。
彼等が本気で加筆訂正を迫られれば、ペテロの手首は更に斜め後方に引かれ、ナイフの向きは逆方向に描き変えられたであろう、しかし、それは作者の意図ではなかった。
形の上で不可解で難解な作品がもう一つある。「最後の晩餐」の壁画からわずか500メートルのところに、ミラノ市の誇るもう一つの宝「ロンダニーニのピエタ」がある。一見、崩れかけて何を彫らんとしたのかわからないようなミケランジェロ最晩年、最後の作品を同様に、誰が未熟と言い得よう。果たし得なかった信仰、満たされない心に、突き上げる魂を削り削って剥ぎ出した壮絶なまでの結論が立っている。レオナルドに於るペテロの右手も同じではないか。神の愛と殺人、振り上げ、にぎりしめたナイフをどこにどのようにおさめるかは画家の懊悩であったと思う。
CG(コンピューター・グラフィッック)技術を駆使して修復された「よみがえる最後の晩餐」はいかなるものであったか、新聞に掲載された一頁全面広告を見て案外、品のない復元写真に私は失望した覚えがある。全体に毒々しい仕上がりは、まるで夜盗の集団ではないか。
レオナルドが苦悩の末、二つの動作を同時に描いたその手首を団子のように丸めてつないで何の意味があるのだろう。
「よみがえらない黒ずんだもとのままの壁画」の写真がいくらか味わいがある。

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